自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

Swallow スワロウ 2019年

血を流しながら画びょうを飲み込む

アメリカ、フランス、カーロ・ミラベラ=デイビス監督

ニューヨーク郊外の豪邸に住む主婦ハンターはエリートの夫リッチーと裕福な生活を送っていた。しかし夫と義父母は教養のないハンターをないがしろにしていた。

「本当に幸せ、それとも幸せのふりをしているだけ」と義理の母は嫌味を言う。

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妊娠がわかるとハンターは精神のバランスを崩し、ためらいながらもガラス玉を飲み込んでしまう。そして大便の中からガラス球を取り出しきれいに洗い、愛おしそうに見つめる。

口に入れた時の快感を忘れられなくて画びょう、小石、乾電池などを次々と飲み込んでゆく。ところが胎児検診のエコーでその異物を発見され、ハンターは異食症だと診断される。

心理カウンセラーの治療を受けるとハンターの生い立ちにその原因があることが分かる。母親はレイプされてハンターを生んだのだった。ハンターはなぜかレイプした男の写真を肌身離さず持っていた。

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やがてハンターは強制的に施設に入れられそうになり、豪邸から脱走し、実家に帰ろうと母に電話をするが、やんわりと断られる。ハンターは家族のなかでいつも孤独だった。やがて罪を償い平穏な暮らしをしている実の父親に会いに行く。

 

口から血を流しながら画鋲を飲み込むという異様なシーンに驚くが、最後には未来に飛び立ってゆく爽やかな女性の姿で終わる。

「‥♪わたしはもう強くなった。あなたの元を去ってゆく・・♪」

 

ハンター役のヘイリー・ベネットの静かな狂気と無垢な表情が胸をうつ見事な作品だった。

デンマークの息子 2019年

数年後のデンマーク

デンマーク ウラー・サリム監督

23人が亡くなった爆破テロ事件から一年、2025年、デンマークコペンハーゲンでは難民や移民の排斥を訴える民族主義集団の過激な行動が続いていた。

彼らは「デンマークの息子」と呼ばれ、その後ろ盾には極右の国民運動党の党首ノーデルがいた。彼は移民の市民権をはく奪し、国外退去させようとしていた。

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19歳のアラブ系移民ザカリアは反極右の過激派組織に加わる。そして国民運動党首ノーデルの暗殺を命じられる。過激派組織の仲間アリが暗殺の手助けをすることになる。しかしアリは警察の潜入捜査官だった。アリもまた妻と5歳の息子がいる移民だった。

 

「国民の生活を良くする」という誰もが異議をはさむことのできない公約を掲げる国民運動党が選挙で勝利をおさめ、政権を手にする。

ファシズムは選挙という民主主義の中から生まれる。

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経済発展のために移民が奨励されたことや西欧の人道的な価値観の負の部分があらわになってきた。

 

最近これほど「重い」映画はあまり記憶にない。民族浄化、人種差別、移民排斥、爆破テロ、ネオナチの暴力・・デンマークだけではなく、世界の未来は暗いものだと痛感させられ、そして暗澹とした気持ちになる。

お互いの「正義」が暴力と憎悪の連鎖を生んでゆく。これは近未来なのか、それとも「今」なのか。まだ解決策は見当たらない。

罪と女王 2019年

女性監督が描く性の衝動

デンマークスウェーデン メイ・エル・トーキー監督

性暴力や虐待を受けている児童を守る女性弁護士アンナは医師の夫ペーターと双子の娘たちに恵まれて幸せな家庭を築いていた。

夫と前妻の間の17歳の息子グスタフがスウェーデンの学校を退学になった。アンナとペーターは問題児のグスタフをデンマークに引き取って更生させようとする。暴力的だったグスタフも双子の姉妹やアンナに親しんでゆく。

アンナもグスタフも友達はあまりいなかった。

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ところがアンナは失った若さを取り戻すかのように、グルタフを誘惑して性的関係を結ぶ。やがて破局を迎えるが、グスタフはそれを認めることができずに、ペーターに真相を明かし、法律に訴えると言う。

アンナは「問題児のあなたを誰が信用するの。それに証明もできないわ」と冷ややかに答える。未成年との性的関係は違法行為でありアンナはすべてを失うことを怖れていた。そこにあったのは愛でも恋でもなく女の生々しさだった。

 

アンナは何事も強気で女王のように自分の過ちを認めない女性だった。しかし父親に虐待されていた少女を親身になって救う愛情深い女性でもあった。

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アンナはすべてを失うことはなかった。罪の意識に苛まれながらも「幸せ」に生きていくのだろう。

 

人の内面を深くスリリングに描く作品だった。特に後半からはゾクゾクするような緊張感にあふれ、重く、不穏な空気が漂っていた。

「R―15指定」の深く考えさせる映画だった。