自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

夕霧花園(かえん)2019年

借景のなかの庭園

マレーシア、トム・リン監督

1980年代のマレーシア、女性裁判官のユンリンは連邦裁判官を目前にしていたが、戦時下、日本軍に協力していたという疑いをかけられる。

ユンリンはかつて愛した皇室の造園師中村のスパイ容疑をはらそうとキャメロン高原にやってきた。

日本占領下の1941年、ユンリンと妹は収容所に送られる。そこは収容所とは名ばかりで過酷な炭鉱労働に従事させられる。妹は慰安婦として恥辱の日々を送り、やがて堕胎する。

終戦を迎え、日本軍は蛮行を隠すため、収容されていた全員を殺す。ただ一人ユンリンだけが奇跡的に生き残った。日本軍がマレーシアで何をしてきたかが描かれる。

戦後の1951年、マレーシアは日本からイギリスの占領下になっていた。共産主義者ゲリラが出没していた。ユンリンは妹の「日本庭園を造りたい」という願いを叶えようと、日本人造園師、中村に弟子入りをする。

 

中村は謎の多い男で庭園「夕霧」が完成したのち、突然、姿を消してしまう。中村は山下財宝と言われる埋蔵金に関わっていた。

 

戦後、ユンリンは戦犯の日本軍人から故国の妻子あての手紙を託されていたが、持ち続けたままだった。30年後にその手紙を送る決心をする。彼女の心の中でやっと戦争が終わった。

この幻想的なマレーシア映画から私たちは多くのことを学ぶ。

村上春樹、川上未映子「みみずくは黄昏に飛び立つ」

 

真実を語るための嘘は嘘でなく物語になる

家に例えると、一階はみんながいる団らんの場所、二階はプライベートなスペース、地下一階にはなんか暗い部屋がある。日本の私小説が扱っているのはこのあたり。

この家にはさらに地下二階があってここが村上の小説の世界。意識下の世界であり、井戸の世界。だから村上作品は意味が分からなくても、身体の中に沁み込んでくる。

 

クリントンは一階に通用することを言って負けて、トランプは地下室に訴えることだけを言いまくって勝った。

原始時代、みんな洞窟の中で共同生活を送っていた。日が暮れると外は暗くて怖い獣がいる。寒くてひもじくて心細くて・・そんな時、語り部が出てくる。焚火をかこんで大人も子供も目を輝かせ物語に引き込まれてゆく。私たちはその子孫だ。

 

そして「悪しき物語」を超える「善き物語」を求めている。物語には大きな力がある。

 

物語の仕掛けとか、登場人物の構造とかはあるが、なによりも文章と文体が大事。文章を通して世界を見て、文章を書くことで自分を知る。

 

ヘミングウェイは「退屈でつまらない答えで申し訳ないけれど、退屈でつまらない質問にはそういう答えしか返ってこないんだよ」と言った。

川上未映子は退屈でつまらない質問をしなかった。そして村上春樹も退屈でつまらない答えをしなかった。

「いやいや、退屈しているような余裕はまったくありませんでしたよ、ヘミングウェイさん」

少年時代 1990年

軍歌以外の歌を知らない時代

日本、篠田正浩監督、脚本山田太一、撮影鈴木達夫、美術木村威夫

昭和19年、夏、東京の小学5年生の風間進二は富山の伯父のもとに疎開する。風泊(かざどまり)の戦前の駅舎や日本家屋や雪景色が美しい。

進二はすぐに地元のガキ大将で級長の大原君と友達になる。学校で大原君に逆らうものは誰もいなかった。ところが二人だけの時は優しいのに、学校ではなぜか大原君は進二を無視し、子分のように扱う。大原君の矛盾した態度が進二には理解できなかった。

 

進二がクラスの生徒たちに巌窟王快傑黒頭巾怪人二十面相などの物語を話すと、みんな夢中になって聴いている。

大原君と進二は隣町の写真館で記念写真を撮る。

やがて副級長の須藤が復学してくる。須藤の策略で大原君はクラス中から仲間外れにされ、進二も須藤の味方になる。大原君は何も言わずに耐えていた。少年たちの世界には大人とは違うルールがあった。

 

やがて終戦を迎え、進二は東京に帰ることになる。列車の中で進二は大原君が大切な友達だったことに初めて気づく。そして列車を追いかけてくる大原君に大きく手を振る。

井上陽水の「少年時代」が聴こえてくる。「♪夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれにさまよう 青空に残された 私の心は夏模様・・・♪」