ニューヨークを舞台にした34の短編
最後の一編を少しアレンジしてみた
老女優は毎日、プラザホテルで昼食をとっていた。そこは果敢に時の流れに抗しているので彼女のお気に入りのホテルだった。彼女の肌にはしわができカサカサになっていた。もう昔のような若い姿に戻ることができないと思った瞬間は恐ろしかったが、今はもうそのことを受け入れている。
老女優がふと目をあげると顔見知りの老映画監督がドアから入ってきた。片目に黒い眼帯をしていたがもう一方の目も悪くなったと、なにかで読んだことがあった。彼の隣にはテープレコーダーをもった青年がなにかインタビューをしているようだった。
老女優はその老監督と若い頃に海ぎわのホテルでともに一夜を過ごしたことを思い出す。あのテーブルに行って挨拶するべきか迷ったが、こんなに歳をとっていたら私とはわからないだろうと思って立ち上がろうとしたら、老監督がテーブルのかたわらに立っていた。
老監督が低い声で「やあ、バスター、きれいだね、相変わらず」
老女優は声もなく彼の胸に顔を押しつけながら考えていた・・・これから二人で車を借り、海ぎわにでかけ、ロブスターを食べ、軽くダンスをし、それから、そう、ともに一夜を過ごすことができないものか、と。
「ニューヨーク・スケッチブック」にふさわしい粋な話だと思いませんか。映画「幸福の黄色いハンカチ」の原作も収められている。