父はどのような一生を送ったのか
スペイン、ビクトル・エリセ監督
暗い画面の右隅に少し光がさしている。部屋の窓からほのかな朝陽が差し込んでくる。外では犬が吠えている。部屋はだんだん明るくなり、母のあわただしい声が聞こえ、ベッドで眠っている少女の姿がうかんでくる。
薄明りの中で少女は父が残したダウジングの振り子を見つけると「もう父は戻ってこない」と思う。
1957年秋、少女エストレリャが15歳のとき父アグスティンは自殺した。
医師である父はスペイン内乱で祖父と対立し、恋人で女優のイレーネ・リオスとも別れ、豊かな南の土地を去り、雪の降る北の田舎町で暮らし始める。しかし父は別れた恋人イレーネを忘れられなかった。母との諍いが起こる。
初聖体拝受式の日、「エン・エル・ムンド」の曲にのって父と幼い娘エストレリャが踊る。二人にとっては至福の時だった。
エストレリャと父がホテルのカフェで食事をした日、隣のフロアーから「エン・エル・ムンド」の曲が聴こえてくる。結婚披露宴だった。新婦と新郎が軽やかに踊っている。
父は懐かしさのあまり「覚えているかい、初聖体拝受式の日に、一緒に踊ったじゃないか」しかし娘は「覚えているわ」と素っ気なく答え、そのまま去ってゆく。父は一人残される。
それが父との最後の会話だった。
私たちは若き日の父や母、そして二人の青春を永遠に見ることが出来ない。父の過去に何があったのか・・エストレリャは父の故郷、南(エル・スール)に旅立つ。
すべてのカットが美しい映像詩であり、名曲「エン・エル・ムンド」が心に沁みる。いつまでも静かに呼吸している名作。