自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

「単独飛行」と「やがて哀しき外国語」

「単独飛行」はドイツとの戦争体験を15の短篇で構成したロアルド・ダールの自伝。彼は「あなたに似た人」や「キス・キス」の作者で短篇の名手。

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20代前半だったダールは1938年から41年までアフリカやギリシアパイロットしてナチスと戦った。ほとんどのパイロットは亡くなったが、彼は奇跡的に生き残り、母の待つ英国へ戻る。

「わたしは百ヤードも手前で母の姿を見つけた。彼女は田舎家の門の前に立ってバスがくるのを辛抱強く待っていた。・・(母は)三年間も待ちつづけた・・わたしは運転手に合図して家の真前でバスを停めてもらい、バスのステップを飛ぶように駆け下りて、待ちうける母の腕の中へ一直線で跳びこんだ」

この感動的な文章で自伝は終わる。

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「やがて哀しき外国語」は村上春樹が1991年から3年近く住んだアメリカのプリンストンでの滞在記。序文にはこう書かれている。

「この国を内側からつぶさに見ていると、勝って勝って勝ちまくるというのはけっこう大変なこと・・でもそれで人々が幸せになれたかというと、決してそうではなかったようだ。・・・

国でも人間でも挫折や敗北というものが何かの節目においてやはり必要とされるのかもしれない。・・かといって、アメリカにとって代わるだけの明確かつ強力な価値観を提供できる国があるかというと、これはない。・・アメリカ人が感じている深い疲弊の感覚は、現在の日本人がむずむずした居心地の悪さと裏表をなすもの・・

単純に言ってしまえば、明確な理念のある疲れと、明確な理念のない居心地の悪さ、ということになるかもしれない」

30年前の作家の観察力のほうが政治や経済の専門家よりも信頼できるような気がする。

 

戦争を興味深いエピソードで綴ったロアルド・ダール。とぼけたユーモアを散りばめた村上春樹。どちらも面白い本だった。