冥利に尽きる幸運
高峰秀子は昭和四年、子役としてデビューした。昭和二十五年、日本最初のカラー映画「カルメン故郷に帰る」、映画産業のピーク、昭和二十九年には代表作だと言われている「浮雲」「二十四の瞳」に出演している。
1975年、51歳の高峰秀子は「週刊朝日」に女優生活を振り返って、「50代、冥利に尽きる幸運だけがあった」という文章を書いている。
「時代は必ずしも良かったとは言えない、戦争をはさんで、才能に恵まれながら運に恵まれなかった人、努力をしても社会の波にのらなかった人を私は沢山知っている。私にとって古き良き時代はない。あったのは幸運だけである」
ここには偉ぶることも謙遜することもなく、しっかりと自分の人生を見つめている女性がいる。私はこういう端正な文章を書く人が好きだ。
私たちはなぜ文章を「書く」のだろう。「書く」という行為はどこか心の癒しになっているように思う。
誰もが情報を発信する時代になり、言葉があふれかえっている。優れた文章もあれば誹謗中傷や傲慢な醜い文章もある。でも書き手にとってはどのような文章であってもそれは心の癒しになっているのだろう。
「書く」と自分が見えてくる。自分の過去と未来が見えるかもしれない。