出口のない迷宮
イギリス、フランス、フロリアン・ゼレール監督
ロンドン、一人暮らしの81歳のアンソニーは認知症で記憶があやふやになっていた。娘のアンが心配して自分の家に引き取る。
ところがアンソニーはそれすらもわからなかった。認知症のアンソニーの目線から見た現実はつじつまの合わないことばかりだった。確実なものはなく夢の中の出来事のようだった。
二人のアンや見知らぬ男がアンの夫だと名乗る。アンソニーは何を信じればいいのか分からなくなる。
同じようなシーンが繰り返し続き、やがてアンソニーの目線から私たちの目線に変わる。その時、衝撃的な現実が明らかになる。
アンソニーがいたのは自分の家でも娘の家でもなかったのだ。その建物の敷地内には頭を破壊された巨大な顔のモニュメントがあった。その禍々しいモニュメントはアンソニーそのものだった。
窓の外の樹には青々とした葉が茂っていた。その葉が一枚また一枚と散ってゆくように記憶が欠落してゆく。
アンソニーは自分が分からなくなる恐怖と孤独に苛まれる。本人がいちばん不安で苦しんでいた。そこは出口のない迷宮だった。
とうとうアンソニーは「じゃ、私は誰なんだ、ママを呼んで、迎えに来て」と子供のように泣く。
希望はないが絶望もない。ただいつか訪れるかもしれない私たちの未来を静かに見つめるだけだ。