短編小説のようなエッセイ集。その中の一編「赤や緑や青や黄や」
ちなみにタイトルは「公衆電話の色」のこと。
「私鉄駅のプラットホームで・・売店脇の緑色の公衆電話から少女の声が聞こえてきた。どうやらそれは、入学試験の合否の発表を見にいき、自分の名を見つけられなかった少女が、家に電話しているところのようだった。
『・・二千番台に五、六人だし・・二千百番台も五、六人だった・・うん、帰る・・いま?いまは下北沢・・うん、平気・・すぐ帰る』
電話している少女の顔をそっと窺うと、涙がこぼれそうになるのを必死に耐えているようだった。発表のあったところから、ここまで必死に耐えていたものが、肉親の声を聞いてあふれそうになっているらしかった。しかし、彼女はよく耐え、平静に受話器を置くことができた。
たまたまその少女も同じ電車に乗り、斜め前に座った。少女は両手を膝に揃え、いくぶん肩を落とし、放心したような表情を浮かべている。それが平凡な顔立ちの少女を素晴らしく魅力的にしていた。・・・
彼女にとって、あの電話は、十数年の人生のうちでもっともつらい電話のひとつだったろう。」
公衆電話について私にはこんな経験がある。
妻の女友達が家に来て、私にある会社の男を電話で呼び出してほしいと言った。近くの公園の電話ボックスから私は男を呼び出し、彼女に受話器を渡した。
しばらく公園で待っていると彼女が電話ボックスから出てきた。会話は聞こえなかったが、大体の事情は分かった。翌日、彼女は中絶した。
これが今年最後の記事です。ありがとうございました。良いお年を。