自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

オリ・マキの人生で最も幸せな日 2016年

フィンランド版「ロッキー」

フィンランド、ドイツ、スウェーデン、ユホ・クオスマネン監督

「ロッキー」とは肌触りのまったく違う実話に基づいたフィンランドのボクシング映画。

 

1962年、パン屋のプロボクサー、オリ・マキは世界タイトル挑戦のチャンスを得る。アメリカのチャンピオン、デビー・ムーアとヘルシンキで試合が行われる。フィンランドで初めての世界タイトル戦だった。国民の期待は高まっていた。

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ところが試合を控えてオリはライヤに恋をしてしまい、しかもマスコミ取材や映画撮影やスポンサーとの挨拶などでトレーニングに集中できなかった。減量も上手くいかない。

プロモーター兼トレーナーのエリスはこの試合に全財産をつぎ込んでいた。もし負けたらという重圧でオリは逃げ出してライヤに会いにゆく。そして彼女にプロポーズする。ライヤは喜んでそれを受ける。やっとオリはトレーニングに打ち込みチャンピオンを目指す。

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ところが試合は2ラウンドでオリはあっけなく負けてしまう。試合後、騒がしい会場を抜け出してオリとライヤが海岸通りを歩いていると、幸せそうな老夫婦とすれ違う。ライヤは「私たちもあの夫婦のようになれるかしら」

実はその夫婦こそ50年後の本物のオリとライヤ夫妻だった。おそらくフィンランドの観客はそれを知っていたのだろう。

試合に敗れた日、つまり1962年8月17日が「オリ・マキの人生で最も幸せな日」だった。オリ・マキはチャンプの栄光とは違う幸せを見つけた。

 

まるで肩透かしを食らったような映画だったが、これが本物の人生というものだろう。きめの粗いモノクロ映像がフィンランドの60年代の生活と風景を蘇らせていた。

バッド・ジーニアス 危険な天才たち

軽いノリの「犯罪映画」

2017年 タイ ナタウット・プーンピリア監督

2014年、中国で起こった米国留学への大学適性試験での集団カンニング事件、その実話から着想を得た作品。

 

天才の女子高校生リンは教師である父親との二人暮らし、彼女と同じような天才肌の男子高校生バンクは寂れたクリーニング店を営む病弱な母親と二人で暮らしていた。

リンは明るい友達で美人のグレースのカンニングを手伝ったことで、金持ちの息子パットやそのほかの学生たちからお金を集めてカンニングを指導する。やがてカンニングがビジネスになることに気づく。

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裕福な学生たちは海外留学で帰国後エリートコースを歩み、才能はあるが貧乏な学生はまずお金を稼ぐために犯罪に手を染めてゆく。

カンニング・テクニックがどんどん進化してゆく。いかにも現代的な手口が紹介され、軽いノリでストーリーは展開してゆく。

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犯罪映画のようなスリリングでサスペンスあふれた作品。オープニングからエンディングまで一気に観てしまうほど惹きつけるものがある。

リンが真実を告白するシーンで物語は終わり、最後は少し苦い味もするが、不思議と登場人物たちには犯罪者特有の暗い影があまりない。彼らと一緒にカンニング・ゲームに夢中になっている自分に気づく。

 

水上学校を題材にしたタイ映画「すれ違いのダイアリーズ」もよかったが、「バッド・ジーニアス」は都会的なセンスを感じさせる垢抜けした青春映画だった。

その後の新型コロナウイルス

 先日、墓参りに行ってきた。奈良の山奥で今は限界集落になっている。それでも例年ならけっこう帰省する人はいるのだが、今年はほとんどないという。暑い日だったが、一つの役割を終え、いい気分になった。

 

今までブログに「新型コロナウイルス」「未知との遭遇」「緊急事態宣言解除後の風景」とウイルス関連の三つのエッセイを書いてきた。

あるブロガーさんが、アランナ・コリン著「あなたの体は9割が細菌」について、簡潔でいい記事を書いていた。

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人間は生存のために微生物を必要としている。だから身体の中には多くの微生物が共存している。私たちは生物体としての人間の仕組みをよく知らない。

 

高齢者、持病のある人、免疫力の低下した人が重篤化して亡くなるというのは「自然の摂理」でもある。もちろん個人としては酷なことかもしれないが、自然界にとっては適者生存にすぎない。

 

ライブ、映画、スポーツ、レジャー、カフェの賑わい、徐々に以前の日常が戻りつつある。危なっかしいかもしれないが、そこに人間の逞しさを感じる。

 

今のところ感染は拡大している。ある程度、感染が拡大しないと収束しないような気がする。歴史は繰り返すというから天然痘コレラやペストの時代のように、ウイルスが自然消滅するのを待つだけなのかもしれない。

 

もっとも明日のことなどだれにも分からないし、予想の多くは外れる。限りある命だから今日を大切に生きてゆけばいいと思う。