自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

オレのたったひとつの自慢

忘れられないひと言がある

ずいぶん前のことだけれど、遠く離れて暮らす友人と久しぶりに会い、曽根崎のオールドバーで懐かしい話とウィスキーで愉快な時間を過ごした。

再会を約束して梅田駅のホームで彼と別れた。しばらくするとその友人が追いかけてきて「握手をしよう」と手を差しだした。私は一瞬、驚いたがしっかりと握手をした。今でもそのひと言を覚えている。

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作家、詩人、民芸店店主のねじめ正一が小学校3,4年生のころ、父親に「うちは何でこんなにお金がないの」と訊いたことがある。

そうすると父親は真っ赤になって「貧乏はオレのたったひとつの自慢なんだ。金は医者の治療代があるだけでいいんだ。よけいな金なんか持っていたってしょうがない」と怒った。

後年、ねじめ正一は自分の子供にあのような印象ある言葉をきちっと残せるだろうかと思った。

 

ちなみに私の自慢は・・・・ない。だから「貧乏はオレのたったひとつの自慢だ」と言ってみたい気がする。どこかハードボイルドのようでかっこいいではないか。

サンダーロード 2018年

まったく先の読めない怪作

アメリカ ジム・カミングス監督

テキサス州の小さな町の警察官ジム・アルノーは母の葬儀で母の好きだったブルース・スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」の曲に合わせて踊ろうとする。

しかしラジカセが故障で音楽が流れないまま踊りだす。その奇妙なダンスに葬儀会場は気まずい雰囲気に包まれる。

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ジムは別居中の妻と離婚することになり小学生の娘クリスタルの親権をめぐって裁判になるが、ここでもジムは親権も財産も奪われてしまう。ジムは失読症であり、娘もその血をひいていた。ジムは誰よりも娘を愛していた。

 

ジムはまじめな男だが不器用で、周りの空気を読めなくて、何をやっても空回りして周りを呆れさせていた。強盗と間違えて冷蔵庫を壊してしまうこともあった。ジムの振る舞いは笑うに笑えないものだった。

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この映画を呆れかえりながらも最後まで観た。ところがラストシーンには意外なことにとても感動した。でもなぜ感動したのか自分でもよくわからない。

ジムの心の内が初めて分かったような気がしたからかもしれない。そこには母への愛があった。誰にでも勧められる映画ではないが、私は不思議な映画体験ができて幸運だった。

 

サンダンス映画祭でグランプリを受賞した短編を長編化して、サウス・ハイ・サウスウエスト映画祭でグランプリを受賞した。

シリアにて 2017年

神はあなたを赦すのか

ベルギー、フランス、レバノン フィリップ・バン・レウ監督

シリア内戦下の首都ダマスカス、主婦のオームは義父、娘二人と息子、メイドのデルハニ、同じアパートの女性ハリマとその夫と赤ん坊、そして姉娘のボーイフレンドとアパートに隠れ戦火を逃れていた。周りでは激しい爆撃の音がしている。

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ハリマの夫がアパートをでて駐車場まで行くと突然、スナイパーに撃たれてしまう。それをメイドが窓から見ていた。死んでいるのか、生きているのかはわからないが、女主人のオームに話すと、今は何もできない、ハリマに知らせると助けに行くから危険だと口止めをする。そして夜を待つのだった。

 

物語はこのアパートの中だけで展開し、しかもたった一日の出来事だった。水は貴重だった。携帯電話は通じない。しかし食事だけはきちんととっていた。アパートの外では戦争が続き、爆弾を積んだ車が走り回っている。

 

やがて男二人がアパートに押し入って、ハリマを襲う。オームたちに武器はなく、音をたてずに身をひそめるだけだった。

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ハリマはオームに言う「私はレイプされてまであなた達を守った、それなのにあなたは夫を助けに行かなかった、神はあなたを赦すのかしら」と。オームは何も言えなかった。

 

この映画には始まりも終わりもない。ただ戦争の一瞬を切り取っただけだ。彼らは戦争という日常の中で生き抜こうとしていた。私たちはコロナ禍という日常の中で怯えている。

生命は地球より重いかもしれないが、その重さには違いがある。