自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

浮き雲 1996年

シュールでもリアリズムでもない世界

1996年、フィンランドアキ・カウリスマキ監督

 路面電車の運転士ラウリとその妻でレストランの給仕長イロナ、同じ時期に二人は失業してしまう。世の中は不況でいくら探しても仕事は見つからなかった。テレビや家具も売ってしまう。

仕方なく昔の仲間たちとレストランを開こうと考えるが、肝心の資金はなく銀行も融資してくれなかった。

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映画はジャズの弾き語りのシーンから始まる。そしてバンドのライブ演奏がありどこか懐かしい曲、浮世離れした登場人物たち、ぎこちなく短い会話、とぼけた顔の愛犬、独特な色彩、子供を亡くした夫婦のつつましい暮らし、辛くて悲しいのになぜか可笑しい・・そこにはいつものカウリスマキ的世界があった。

違うのは珍しくハッピーエンドだということだ。

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淡々と物語がすすむにつれて私たちはカウリスマキの世界に徐々に引き込まれてゆく。一度この奇妙な味を覚えてしまうと虜になってしまい、もう引き返すことはできない。どのようなシーンでもユーモアを感じさせるのがカウリスマキの真骨頂だ。

どことなくフィンランド版「歌謡曲だよ、人生は」のような気もする。

私にとって初めてのカウリスマキ作品が「浮き雲」だった。まずその独特の世界観と演出に驚いたものだ。初体験の「刷り込み」のせいなのか彼の作品の中でも一番好きな映画であり、もちろん傑作だと思っている。

スティーグ・ラーソン「ミレニアム」3部作

北欧ミステリーの圧倒的な面白さ

映画「ドラゴンタトゥーの女」はアメリカ版、スウェーデン版、どちらもとても面白い作品だった。しかし原作であるスティーグ・ラーソンの小説「ミレニアム」には到底及ばない。小説は「ドラゴンタトゥーの女」「火と戯れる女」「眠れる女と狂卓の騎士」の3部構成。

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第1部は孤島で40年近く前に起きた少女の行方不明の事件の捜査をする記者ミカエルと、天才的ハッカーで異様なスタイルのドラゴンタトゥーの女リスベットの活躍と元ナチの大富豪一族をえがくミステリーだった。

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第2部はリスベットの出生の秘密と凄まじい過去が暴かれる。そしてソ連のスパイの亡命、コンピューター犯罪など、リスベットが特異な才能を生かすスリルとサスペンスあふれる物語になっている。「父さん、殺しに行くからね」 とリスベットはつぶやく。

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 第3部は一転して、警察から精神異常の殺人者と思われているリスベットは瀕死の重傷で入院している。彼女を救うためにミカエルはリスベットに味方する人たちを集めて「狂卓の騎士」を結成する。名前の由来はアーサー王物語の「円卓の騎士」だった。

公安警察、検察官、法務大臣、首相、マスコミ、ギャングなどを巻き込んだ国家的な大事件になり、法廷での裁判シーンが最高の見せ場になる。

 

 リスベットというヒロインの異様な風貌と強靭さ、波乱万丈のストーリー、100人近い登場人物というスケールの大きさ。ミステリー、サスペンス、スパイ、法廷劇、サイコ、警察小説、ハッカー、報道・・と様々な面白さがつまった一級品の小説で、読み始めると食事するのも眠るのも惜しかった。

けんかえれじい 1966年

軍靴と十字架

1966年、日本、鈴木清順監督、新藤兼人脚本

 昭和10年(1935年)、備前岡山第二中学の南部麒六(キロク)は喧嘩の達人「すっぽん」から喧嘩の極意を教わる。しかし軍事教練の教官と衝突して会津若松の喜多方中学へ転校する。そこでも喧嘩に明け暮れる毎日だった。彼の憧れの女性、道子は修道女になるという。

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薄暗いカフェで流行歌のレコードを聴く女給のけだるさ、新聞を読んでいた中年男の不敵な笑み、麒六はその男を忘れることが出来なかった。

東京では2・26事件の反乱軍兵士たちが道子を押し倒して、早朝の雪の中をザックザックと駆けてゆく。雪道に落ちた道子の十字架が軍靴に踏まれていく、このシーンは秀逸だった。

2・26事件で東京は戒厳令下にあった。駅で事件の号外を読んだ麒六はカフェの不敵な笑みの男が2・26事件の思想的指導者、北一輝だと知り「東京へ行くぞ」と汽車に乗る。煙をあげながら汽車は一路東京を目指す。

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大不況で国民が困窮し、青年将校たちが反乱をおこし、政府高官たちが殺害され、政治が大きく揺れ動く時代だった。やがて日本は軍部の発言力が高まり、戦争という「大きな喧嘩」に突入してゆく。

戦争前夜の時代、バンカラ学生の喧嘩に明け暮れる青春をコメディタッチで描いた映画。