自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

凄まじい人生

事実は小説より奇なり

病気ほど人を不安にさせ、挫けさせるものはない。生きる気力さえ奪ってしまう事がある。人の一生は病気との闘いの歴史といっていいのかもしれない。

 

以前にも書いたことはあるが、ヘミングウェイは多くの病気と怪我に苦しんだ。

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左目の生まれつきの障害、戦場での負傷、落馬で顔が歪み、自動車事故で複雑骨折、気管支炎、赤痢、肝機能障害、視覚障害言語障害、記憶障害、勃起障害、丹毒で失明の危機、高血圧による耳鳴りや頭痛、左耳の難聴、二重視、晩年はうつ病、神経衰弱、不眠や糖尿病・・電気ショック療法もうけたが、その翌年自殺している。

 

そしてウルグアイ幻想派の巨匠と呼ばれる作家オラシオ・キローガは彼の小説以上に死にとりつかれた作家だった。

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キローガは1878年、ウルグアイに生まれ、生後まもなく父親が目の前で事故死、養父は自殺、青年時代には決闘を控えた親友の銃を誤射して死なせた。

彼の最初の妻はノイローゼにかかり自殺、幼馴染のウルグアイ大統領も失脚後、自殺、オラシオ本人も1938年に病を苦に自殺、その数か月後に長女も自殺、数年後には長男も自殺、文学の盟友である作家レオポルド・ルゴネスも自殺。

 

彼らの人生はまさしく凄まじいとしか言いようのないものだった。これほどではなくても、私たちのまわりには「凄まじい人生」を送っている人がけっこういるのではないか。

風の丘を越えて/西便制 1993年 

♪アリアリラン スリスリラン・・♪

韓国 イム・グォンテク監督

1960年代初め、30代の男ドンホが山間の村の宿屋に泊まる。そこで韓国の伝統芸能パンソリを聞かせる女性の歌声に昔を回想する。彼は別れた義姉ソンファを懐かしく思い出す。

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血の繋がらない3人の家族、孤児だった姉ソンファ、連れ子だった弟ドンホはパンソリの唄い手の父ユボンに連れられて旅回りをしていた。子どもの頃から食べるものも満足にない貧しい暮らしだった。

パンソリの辛い修行に耐えかねてドンホは父の元を去る。パンソリに生涯を賭けるユボンはソンファの歌声は美しいだけで恨(ハン)がないと、彼女に薬草を飲ませ失明させてしまう。

「恨」とは生涯に渡って心にうっ積する感情のしこりだった。しかし盲目になってもソファの歌声に恨の痕跡はなく、父親への恨みもなかった。

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ドンホは姉ソンファの行方を訪ねまわる。すでに父親は亡くなっており、絵文字を売る男が姉の居所を知っていた。

やっと再会できた姉と弟、しかし名乗りあう事もなくソンファは「沈清歌」を熱唱し、ドンホは太鼓を叩く。その唄はパンソリの最高の境地に達していた。

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中国と韓国の映画を熱心に観ていた時期がある。その中の一本がこの映画で、韓国での公開当時は異例の大ヒットで数々の賞に輝いている。

特に私が覚えているのは旅回りの3人が風の吹く丘で「♪アリアリラン スリスリアン・・♪」と歌いながら踊るシーンで、強烈な印象が残っている。最近の韓国映画のエンターテインメント性はあまりないが、パンソリを通して「韓国の心」が伝わってくる映画だった。

 

ユボンはこう言う「東便制は重々しくて締めくくりがはっきりしていて、西便制は切なく愛と恨みに満ちているという違いはあるが、恨みを乗り越えれば垣根はなくなる」

白夜のタンゴ 2013年

ユーモアたっぷりの音楽ドキュメンタリー 83分

ドイツ、フィンランド、アルゼンチン、ビビアン・ブルーメンシェイン監督

  タンゴの映画はたくさんある。「タンゴレッスン」「ラスト・タンゴ」「スールその先は・・愛」「タンゴ ガルデルの亡命」「愛されるために、ここにいる

そして「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」でのアル・パチーノのタンゴ。

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アキ・カウリスマキ作品にもタンゴがよく使われている。そのカウリスマキ監督が映画の冒頭に登場してこう言う。

「俺は怒っているんじゃない、いや、ちょっと怒っていると言ってもいい。アルゼンチン人はタンゴの起源を完全に忘れている。タンゴはスキーやサウナと同じようにフィンランドで生まれたものなんだ」

ウルグアイの船乗りがアルゼンチンに伝えたというのだ。

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それを聞いたアルゼンチンの3人のミュージシャンは「そんなわけないだろう。タンゴはブエノスアイレスの心だ」と真相を知るためにフィンランドを訪ねる。

やがて3人は人口550万、森と湖と無数の小さな島、ゆったりとした道路、そんなフィンランドの風景や人々やタンゴに惹きつけられてゆく。穏やかで控えめなフィンランド人、それに対して情熱的なアルゼンチン人。タンゴも国によって違いがあった。

 

人生とタンゴは繋がっている。同じように人と人も繋がっている。アルゼンチンのバンドネオンフィンランドアコーディオンのセッション。タンゴは国を越えてゆく世界文化だ。

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フィンランドの国民的歌手レイヨ・タイパレとの白夜のセッションは最高だった。夜なのにまるで夕陽を浴びているようだった。

ミュージシャンっていいなあと思った。なんたって初めて会った人とセッションができるもの。

「ちょっと怒っている」カウリスマキ監督もこの映画に協力している。