自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

それでも私は生きていく 2022年

フランスの介護施設事情

フランス、イギリス、ドイツ、ミア・ハンセン=ラブ監督

5年前に夫を亡くしたサンドラは通訳の仕事をしながら8歳の娘リンと暮らすシングルマザーだった。父親ゲオルグは哲学の教師だったが、今はベンソン病のため視力と記憶を失いつつあった。

サンドラは頻繁に父親の元を訪ね、介護していたが、父親がだんだんと衰えてゆく姿を見て、無力感に苛まれていた。

父親は一人ではトイレにも行けなくて、アパートを引き払い、病院、介護施設へと移ってゆく。サンドラは父親の蔵書を処分することになり「本人よりも本を見るほうがパパを感じる。選んだ本から人間性が見える」と言う。

 

そんな時、サンドラは亡くなった夫の旧友クレマンと再会して、二人はたちまち恋に落ちる。しかしクレマンには妻子がいた。「愛人でいるのは耐えられない」とサンドラは苦しむ。

記憶が失われ、娘のことが分からなくなってゆく父親と、クレマンとの新しい恋、その狭間で苦しみながら生きてゆくサンドラ。悲しみと喜び、それが人生だった。

 

かつては尊敬され、慕われていた父親ゲオルグの惨めな姿を見ると、サンドラは耐えきれずに自然と涙を流す。サンドラ役のレア・セドゥはボーイッシュでありながら、エロティックであり、悲しみに耐える姿が胸を打つ。

素晴らしき哉、人生! 1946年

古き良き時代のアメリカ映画

アメリカ、フランク・キャプラ監督 130分

ジョージの父は町で誠実な住宅ローン会社を経営していた。1928年、ジョージは町を出て、世界を旅し、大学で学ぼうとしていた。

 

ところが父親が急死し、悪徳実業家のポッターから会社を守るために町に残り、父の後を継ぐ。やがて彼は結婚し、子どもたちにも恵まれる。ジョージは自分よりも他人のために尽くす男だった。

1945年のクリスマス・イブ、叔父が会社の金8000ドルを紛失してしまい、会社は窮地に追い込まれる。ジョージは金策の当てがなく、自分は役立たずだと思い、人生を恨み、自暴自棄になり、河に飛び込んで自殺しようとする。

 

そこに2級天使クラレンスが現れ、彼を助ける。そしてジョージが生まれなかった世界を彼に見せる。町の人たちの心は荒んで、殺伐と暮らし、けばけばしいネオンがあふれる背徳の町だった。ジョージの妻も子供たちもいない寂しい世界だった。

 

ジョージは自分の人生がどれだけ素晴らしいものであったかを改めて知る。

やがて町の人たちの善意で8000ドルを超える寄付金が集まる。

蛍の光」が流れる中、ジョージの家族や街の人たちの大合唱で終わる。「友ある者は救われる」

 

アメリカの良心をファンタジックに描いた作品で、フランク・キャプラ監督の珠玉の一本だった。

完全なる報復 2009年

復讐の快感

アメリカ、F・ゲイリー・グレイ監督 108分

フィラデルフィア、妻と娘と幸せな生活を送っていたクライド、ある日、二人の暴漢に襲われて妻と娘が惨殺されてしまう。

エリート検事のニックは有罪率を維持するために司法取引に応じ、一人は死刑、実際に殺人を犯した主犯の男は3年の刑となった。

怒りが収まらないクライドは復讐を誓う。

そして10年後、クライドの策略で死刑囚は非常に苦しみながら死に、主犯の男も残虐な殺され方をする。犯人と思われたクライドは逮捕され刑務所に投獄される。

 

しかし、牢獄の中から遠隔操作で弁護士や判事や検察局のスタッフにも制裁を下してゆく。溜飲の下がるような展開だったが、なぜかニックだけが報復から逃れていた。それは「完全なる報復」というより「不完全なる報復」に近いものだった。

ちなみに原題は「法を遵守する市民」。

犯罪者と取引をする司法制度へのクライドの挑戦物語だった。最後に検事のニックは「もう殺人者と取引はしない」とクライドに告げる。それは妻と娘を殺されたクライドへの謝罪だったのかもしれない。

しかし「完全なる報復」にならなかった結末はどうも腑に落ちなかった。