自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

「寝かせる」という手法

村上春樹スティーヴン・キング

「職業としての小説家」のなかで村上春樹はこう書いている。

『工場なんかの製作過程で、あるいは建築現場で、「養生」という段階があります。製品や素材を「寝かせる」ということです。ただじっと置いておいて、そこに空気を通らせる、あるいは内部をしっかりと固まらせる。小説も同じです』

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スティーヴン・キングは「書くことについて」のなかで、小説の一次稿は最低でも6週間は机の引き出しの中にしまい込んでいると語っている。

二人の人気作家は同じように書き上げた小説を「寝かして」いる。

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スケールはまったく違うが、ブログの記事を書く場合もこれは当てはまるような気がする。書き終わってからしばらく「寝かす」ようにして、少しずつ書き直しているうちにだんだん初めとは違う視点をもった記事になり、文章も簡潔になり洗練されてくる。

もっとも記事の目的によっては違うだろうが、少なくとも「自己表現型」の記事の場合、二人の手法は参考になると思う。

 

また「誰のために書くのか?」について村上はこう語っている。

「自分のために書いている、というのはある意味では真実であると思います」「自己治癒的な意味合いもある」「自分が楽しむために書く、でも読者の存在を忘れることはできない」

 私たちと村上春樹はそれほど違うわけでもないような気がする。

恋人たちの食卓 1994年

お前のスープの味がわかった

1994年、台湾、アン・リー監督

映画は料理のシーンから始まる。大きな鯉の口に串を刺し、切りさばき、粉をまぶし、油で揚げ、飼っていた鶏を捕まえて料理する。カエルも調理される。大きなセイロ蒸しもあり、眼を見張るような豪華な料理が食卓にならんでいる。週に一度、日曜日に家族がそろっての晩餐だ。

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台北、高級ホテルの名シェフだった父親は妻を亡くし、3人の娘たちと古く大きな家で暮らしている。教師で恋に臆病な長女、有能なキャリアウーマンの次女、ファストフード店でアルバイトをしている学生の三女。この三姉妹の恋模様と一人老いてゆく父親。やがて三姉妹は結婚や転勤で家を離れてゆく。一人になった父親は驚くべき決断をする。

そして家を売却する事になり、次女の料理で家族全員が集まってこの家での最後の晩餐会が開かれることになる。ところがそれぞれが忙しくて、集まったのは父親と一番仲の悪い次女だけだった。味にうるさい父親が次女のつくったスープを飲む・・・。

思わず涙してしまうこのラストシーンがじつに素晴らしくて、すべてがこのシーンに集約されている。

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父と嫁いでゆく娘たちというどこか小津監督作品を思わせる物語だが、原題が「飲食男女」で中国人らしい「食と性」の生々しさもあった。淡白な日本料理と濃厚な中国料理の違いかもしれない。

 魅力的な料理の映画はじつにたくさんある。「バベットの晩餐会」「クスクス粒の秘密」「マーサの幸せレシピ」「ソウル・キッチン」「リストランテの夜」「赤い薔薇ソースの伝説」・・・。そして中国料理といえばまずはこの映画がうかんでくる。

アンセイン~狂気の真実~

低予算B級映画の切れ味

2018年、アメリカ、スティーブン・ソダバーグ監督

ソーヤは過去にストーカー被害にあい、その後遺症に悩まされていた。母とも疎遠になり友だちもいなかった。ハイランド・クリークという病院にカウンセリングを受けに行くが、強制的に入院させられてしまう。

そこは保険金目当ての悪徳治療施設だった。警察に電話するが取り上げてもらえなかった。不思議なことにその病院にストーカー男デイヴィッドが看護師として現れる。彼のソーヤへの異常な愛がさらに恐怖をよんでゆく。

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理由も分からないまま精神病院に閉じ込められてしまう恐怖は誰もがもっているだろう。だれに話しても信じてもらえない怖さ、怒り、絶望、本当に私は狂っているのか、それとも周りが狂っているのか。 

B級映画の雰囲気がたっぷりですこし寒気のするサイコスリラーだった。iPhoneで撮影されてしかも劇場未公開の低予算、よくあるストーリー展開の映画だった。しかしそこはソダバーグ監督の熟練の技でみせてくれる切れ味のいい作品だった。

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1946年のマーク・ロブソン監督作品「恐怖の精神病院」は無理やり治療を受けさせられ正常な者が精神異常者にされてゆく恐怖の物語。私腹を肥やす病院長役がボリス・カーロフでさすがに怖い顔だ。でも病院長は患者たちに生きたまま地下の壁の中に埋め込まれてしまう。これもまた怖い。