自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

パプーシャの黒い瞳 2013年

歴史上初めてのジプシー女性詩人の生涯

ポーランド、ヨアンナ・コス=クラウゼ、クシシュトフ・クラウゼ監督

1910年、女の子が産まれた、母親はパプーシャ(人形)と名付けた。

21年、パプーシャは文字を学ぶ、25年、無理やり結婚させられる、39年、戦争が起こり、ナチスによるジプシーへのジェノサイドが始まる、49年、ポーランドの秘密警察に追われた若い詩人イェジを匿う。

 

52年息子が亡くなる、政府の定住政策が実施される、「ポーランドのジプシー」が出版され、ジプシーの秘密を外部にもらしたとパプーシャ一家は村八分になる、ジプシーのアイデンティティを失ったパプーシャは精神病院に収容される。

 

71年、彼女の詩を大臣が表彰する、貧しさの中、夫が亡くなる・・それぞれの時代のエピソードが交錯して描かれる。

ジプシーは「盗み」「占い」「舞踏」「演奏」で生計をたてていた。彼らには過去も未来もなくただ貧しい現在があるだけだった。ジプシーの社会は閉鎖的だった。

 

美しいモノクロ映像と哀愁を帯びたジプシー音楽、文字を使わないジプシーたち、だから詩というものを知らなかった。彼らは記録を残さない文化の中で生きていた。

いつも黒い雲の下、馬車はすすむ、「♪いつだって飢えて、いつだって貧しくて、旅する道は悲しみに満ちている・・・♪」

スティルウォーター 2021年

ビルが異国で得たもの、失ったもの

アメリカ、トム・マッカーシー監督

フランス、マルセイユに留学中だったアメリカ人女性アリソンはルームメイトの殺害犯として5年間、刑務所に収容されていた。油田作業員の父親ビルは娘の無実を証明しようと、オクラホマ州の町スティルウォーターからマルセイユに向かった。

しかし彼はフランス語がまったくできなかった。アリソンと面会したビルはアキムという男が犯人だと知らされる。ビルはフランス人女性ヴィルジニーとその娘マヤの助けを借りてアキムを見つけ出そうとする。

やがてビルはアキムを捕らえ地下室に監禁する。アキムはフランス語でさかんに言い訳をするがビルには分からない。ところが片言の英語のなかに驚愕する言葉があった。それが「スティルウォーター」だった。

その言葉を聞いた途端、ビルはあることを思い出す。そして意外な真相が明らかになる。娘のアリソンは真相を隠していたのだ。

 

アリソンは釈放されて故郷のスティルウォーターに戻り「ここは少しも変わらないね」と言う。しかしビルは「いや、すべてが違って見える」フランスでの経験がビルを変えた。

スティルウォーターで始まり、スティルウォーターで終わる物語だった。

 

脚本も俳優たちの演技も見事だった。サスペンスタッチのヒューマンドラマで味わい深い一本。

長生きという「病」

有名人の訃報を聞くたびにドアが閉まるように、一つの時代が閉じられていく。

 

2022年9月13日、映画監督ジャン=リュック・ゴダールがスイスの自宅で自死した。91歳だった。複数の疾患で日常生活に支障をきたしていたという。おそらく生きることに相当、苦しんだのではないだろうか。

ゴダール作品は3~4本観ただけで、それほど好きな監督と言うわけではなかった。でも若い頃に読んだ彼の映画評は優れたものだった。

 

日本映画「PLAN75」は75歳以上の人が自分の生死を選択できる制度が施行された近未来の日本を舞台にした物語だという。

 

先日、病院に行くとほとんどが高齢者だった。70歳ぐらいの男の人は椅子に座るのも、椅子から立つのも看護師に助けてもらっていた。認知症の女性には足の悪い夫が付き添っていた。

 

長生きが「病」と呼ばれるような時代がくるのかもしれない。もっともその頃には私は死んでいるからいいけど。