自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

スウィート・シング 2020年

世界は悲しいけれど幸せな一日はある

アメリカ、アレクサンダー・ロックウェル監督

特に好きな映画でもないのに、どうしてもレビューしたくなる作品がたまにある。インディーズ映画「スウィート・シング」はそのような作品だった。

マサチューセッツ州で暮らす15歳の姉ビリーと11歳の弟ニコ。優しい父アダムは酒を呑むと人が変わったように横暴になる。母イヴはそんな夫に愛想をつかし、ポーという暴力的な男と暮らしていた。

父アダムがアル中の治療のため病院に強制入院させられると、ビリーとニコは母の元に身を寄せる。ところが一緒に暮らしているポーは変態男だった。

海辺でビリーとニコは少年マリクと出会い、3人は自由になれる場所への逃避行を始める。彼らには宝物のような一日があった。

16ミリフィルムのザラザラした映像の中に鮮やかな色彩の映像がところどころに差し込まれる。ビリー・ホリディの歌が流れる。ポップな音楽が聴こえてくると自然と身体が揺れる。ビリー役のラナ・ロックウェルが少しハスキーな声で歌う。

「♪・・もう僕は年老いたりしない 雨の庭を歩き 話し続けるんだ 愛しい君よ(スウィート・シング)・・♪」

ざらついた映像と魂を揺さぶる歌がこの映画を忘れられないものにしている。

トムとトーマス 2002年

双子の少年の冒険ファンタジー

イギリス、オランダ、エスメ・ラマーズ監督

クリスマスのロンドン、画家の父親と二人で暮らす9歳の少年トーマスには空想上の友達トムがいた。ところがトムは空想ではなく、カーディーン養護施設に実在したのだ。養子だったトーマスには生まれてすぐに捨てられていた双子の兄弟がいた。

それがトムだったが、そのことを誰も知らなかった。

養護施設で子供たちが行方不明になる事件がたびたび起こる。施設長や雑用係の男たちが白人の子どもをアフリカに売り飛ばしていたのだ。

 

それに気づいたトムとトーマスの冒険が始まる。しかし双子だとは知らない悪人たちはトムだと思って、トーマスを飛行機でアフリカに連れ去ろうとする。父親は必死になってトーマスを捜すが見つからない。

 

トーマスを乗せた飛行機はアフリカに向かって飛び立つ。しかし不審を感じた女性機長は空港へ引き返す。

映画「ホーム・アローン」やディケンズの「オリバーツイスト」を思い出させるような物語だった。

少しばかりのロマンスもあるが、懐かしい子供向けの冒険ファンタジーで、大人たちを子供の頃に戻してくれる。たわいもない物語かもしれないが、それだけに「難しい映画」に疲れたときそれを癒してくれる作品。

戦場のブラックボード 2015年

戦争と避難民たち

フランス、ベルギー、クリスチャン・カリオン監督 音楽エンニオ・モリコーネ

1940年、ナチスドイツの侵攻で北部フランスの小さな町の住民は市長と共に南部の町ディエップに向かって疎開してゆく。家も財産もすべて捨てて車や馬車や徒歩で町を去ってゆく。

その町で素性を隠して暮らしていたドイツの反体制派のハンスは不法滞在で投獄されていた。8歳の息子マックスは市長、女教師スザンヌたちと避難した。

ドイツ軍の侵攻のどさくさに脱獄したハンスはマックスを捜すが見つからなかった。しかしマックスは黒板(ブラックボード)に自分たちの行き先を書いていた。ドイツ軍はフランス南部に迫ってゆく。

メインは父親が息子を捜す物語だが、それよりも町や村の人たちが戦火を逃れ、命からがら、車や馬車や自転車や徒歩で疎開してゆく姿に惹きつけられる。途中の道では多くの避難民が虐殺されていた。避難民は今もいる。

爆撃や銃撃戦だけが戦争ではなく避難民たちの姿そのものが戦争であり、歴史だった。映画のオープニングに映し出される当時の避難民たちの実写フィルムが戦争の真実を伝えていた。

 

感動作、名作、傑作というタイプの作品ではないが、胸を締め付けられるような良作だった。