自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

萩原朔太郎「猫町」

見知らぬ町

 一時的に方向感覚を失うという経験はないだろうか。

 遊び心でいつもの道ではなく違う道を歩いてみようと思った。ところがその道はこの町に20年以上住んでいる私が知らなかった寂しい道だった。

小さな川があり橋が架かっていた。そこは今まで見たことのない町の風景だった。どうやら知らない町に迷い込んだらしい。

 

曲がりくねった道をしばらく行くと不思議な建物があり、そこを通り過ぎて振り返ってみるとその建物はたまに買い物にくるスーパーマーケットの裏口だと気づいた。ただ裏道から入ったので不思議な建物に見えただけだった。

 そしてその界隈が自宅の近くだとわかった。いつもと違った方向から入ると見慣れた町が見知らぬ町にみえてしまったというわけだ。

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萩原朔太郎は短編小説「猫町」にこう書いている。

「世にも奇怪な、恐ろしい異変時が現象した。見れば町の街路に充満して猫の大集団がうようよと歩いて居るのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫」

 

『愚かにも私は、また例の知覚の疾病「三半規管の喪失」にかかったのである。山で道を迷った時から、私はもはや方位の観念を失喪して居た。

私は反対の方へ降りたつもりで、逆にまたU町へ戻って来たのだ。しかもいつも下車する停車場とは、全くちがった方角から、町の中心へ迷ひこんだ。

・・・上下四方前後左右の逆転した、第四次元の別の宇宙(景色の裏側)を見たのであった』

 

 もしあなたが方向感覚を失い、奇妙な幻覚の世界に迷い込んでしまい、その町の住民がすべて猫に見えたとしたら・・たとえば猫の理髪店や喫茶店があったとすれば、そこが「猫町」なのだ。