戻る道ないぞ、帰る道ないぞ
昭和22年、北海道の町で質屋一家が惨殺され、大金が盗まれ、放火された。犯人は網走刑務所から出所してきた2人の男だったが、犬飼はたまたま知り合ったその男たちと台風で青函連絡船が沈没した混乱に紛れて本土に向かう。
やがて沈没事故の遺体のなかに身元不明の二つの死体があがる。弓坂刑事は復員服の大男を追ってゆく。
復員服で大男の犬飼は大湊の宿に逃げ込んでいた。その宿で娼婦の杉戸八重に親切にされ、大金を八重に渡して宿を去ってゆく。八重はそのお金に恩を感じ、犬飼にほのかな恋をした。八重は犬飼の爪をチリ紙に包み肌身離さず大切に持ち続ける。それが生き甲斐だった。
10年後、東京で娼婦をしていた八重は新聞の写真をみて、舞鶴の実業家、樽見京一郎が犬飼だと思い、お礼を言いたくて舞鶴に向かう。しかし犬飼は何かに憑りつかれたように八重を殺してしまう。
下北半島、恐山のイタコの「戻る道ないぞ、帰る道ないぞ」・・犬飼は仏教的な因果応報に怯える。
犬飼の生まれ故郷の村を訪ねた刑事はあまりの貧しさに「こんな極貧の中で育った人間はどんな一生を送るのだろう」
犬飼を追っていた刑事弓坂は「八重さんは金輪際、秘密を明かさなかっただろう。彼女はたった一人の味方。なぜ殺す必要があったのか」
戦後間もない貧困と飢餓の日本、人々は生きるだけで精一杯だった。そんな時代の物語を内田監督と役者たちは魂をこめて撮った。生きる重さの違う時代になり、日本映画は繊細で癒し系の映画が多くなった。
今の日本映画は骨太で重厚な「飢餓海峡」を撮ることができるのか。映画は時代を映す鏡だった。