自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

バニー・レークは行方不明 1965年

だれが狂っているのか

イギリス オットー・プレミンジャー監督

ソウル・バスの洒落たオープニングタイトルが映し出されると映画への期待感が高まってくる。

 

アメリカからロンドンに越してきたアンと雑誌社に勤める兄のスティーブン。アンは4歳になる娘バニーを保育園に預ける。引っ越しが終わり、迎えに行くとバニーは消えていた。保育園ではそんな子供は預かっていないという。

アンには子供のころから空想癖があり、バニーという空想上の友達がいた。スティーブンは警察に捜索願をだす。ところがバニーが実在したという証拠が見つからなかった。

なぜ4歳のバニーを誘拐したのか、警察はバニーの実在を疑い始める。不安と焦燥の長い一日が始まる。

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人形修理店の薄暗い地下の人形たち、「ママ」と呼ぶ人形、アパートの変態大家のサド侯爵の鞭や骸骨といった異様なコレクション、保育園の風変りな老婦人とよそよそしい職員たち、そんな映像が私たちをゾクゾクさせ、物語にはどこか狂ったような雰囲気が漂っている。

そしてモノクロ映像が不安を掻き立て、私たちはどこかおかしいと感じ始める。

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娘バニーが消えたことで不安と苛立ちで情緒不安定になるアン、それを心配そうに見守る兄。子供の頃から仲の良い兄妹だった。

 

サスペンスでもミステリーでもなく、意外なことにこれは古典的なサイコスリラーだった。年代物の上質のワインを味わうような映画だった。