自由に気ままにシネマライフ

映画に関する短いエッセイとその他

フェルディナント・フォン・シーラッハ「犯罪」

ドイツで屈指の刑事事件弁護士といわれる著者が現実の事件に材を得て、異様な罪を犯した人間たちを鮮やかに描いた11編の傑作短編集。

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著者は映画「コリーニ事件」の原作者でもある。祖父はナチ党全国青少年最高指導者パルドゥール・フォン・シーラッハ。

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その中の一編「正当防衛」

駅のホームにはほとんど人影がなかった。スキンヘッド、迷彩服、尊大な身振りのレンツベルガーとベックはホームをぶらついていた。二人はベンチに座っている男の横に立った。

 

「年齢は四十代半ば、額がかなり禿げあがり、・・黒縁メガネをかけ、グレーのスーツを着ていた。会社の経理担当者か公務員だろう、とふたりはにらんだ。・・男はベックに目もくれず、じっとすわったまま視線を落とした。・・・

 

ベックはあらためてナイフを振りあげ、レンツベルガーが雄叫びをあげた。男はベックの腕をつかんだかと思うと、肘をひと突きした。・・切っ先は弧を描き、ベックの三番目と四番目のあばら骨の間を目指した。ベックは自分の胸にナイフを突き立てた。・・男はベックの拳を激しくたたいた。

流れるような一連の動作は踊っているように見えた。刃はベックの体内深く消え、心臓を切り裂いた。・・ベックには自分が死ぬということも分からなかった。・・・

 

レンツベルガーは金属バットを振り上げた。男はレンツベルガーの首を素早くひと突きした。・・そして相手に一瞥もくれず、ベンチに腰をおろした。その突きは正確無比だった。急所である頸動脈洞に命中していた。・・衝撃で繊細な頸動脈洞は破裂し・・レンツベルガーは顔から倒れた。・・レンツベルガーは死んだ。・・・

男はメガネをかけ直し、足を組むと、タバコに火をつけ、逮捕されるのを待った」

 

男は警察の尋問に完全黙秘をとおした。目撃者とビデオテープがあり、正当防衛で釈放された。