「♪・・きれいな雄鶏、塀を跳び越え 万民救う共産党♪」
1939年、国民党の勢力下にある陝西省の山岳地帯にやってきた共産党八路軍の兵士グウ・チン、彼はこの地方の民謡を採集していた。おりしも村では婚礼の最中だった。
娘たちは14歳ぐらいで食べるためだけに嫁いでゆく。村民たちは貧困と因習の中で暮らしていた。
グウ・チンは村でいちばん貧しい家に泊めてもらう。その家には47歳の父親と歌の上手な13歳の娘ツイ・チャン、無口な息子ハンハンが暮らしていた。
毎日、5キロ離れた黄河の泥水をくみ、食事は粟飯だった。
黄色い大地に響き渡る歌の凄さに圧倒される。共産党下の延安では新しい時代が来ているとグウ・チンに聞かされたツイ・チャンは連れて行ってくれと頼むが、規則がありそれはできなかった。しかし来年の4月には戻ってくると村を去ってゆく。
4月になり嫁入りが決まったツイ・チャンは八路軍を目指して黄河を渡ろうとする。
共産党のプロパガンダ映画ともいえるが、それには収まりきらない作品だった。中国国内では賛否両論あった。共産党はツイ・チャンを救うことができなかった。
チェン・カイコー監督には「さらば、わが愛/覇王別姫」「始皇帝暗殺」「こどもたちの王様」「北京ヴァイオリン」などがある。
撮影のチャン・イーモウは後に「紅いコーリャン」「菊豆」「紅夢」「秋菊の物語」「活きる」「あの子を探して」「初恋のきた道」などを監督する。
この二人が撮った「黄色い大地」は現代中国映画の原点であり、おそらくこれが中国の原風景だろう。