息を引き取る
映画「ロング・ロングバケーション」は夫がアルツハイマー型認知症、妻は末期がんという70代の夫婦がキャンピングカーで旅に出る物語。夫婦漫才のような笑いがたっぷりの映画だった。妻は夫を一人残して死ぬことが出来ずに、車に排ガスを引き込んで二人は死の瞬間を迎える。
一度だけ死の瞬間に立ち会ったことがある。それは私の父の死ぬ瞬間だった。病状が急変して家族は医師を呼びに行き、病室には私一人だけが残った。
急に息づかいが荒くなり、大きく息を吸い、そして大きく息を吐いた。それがしばらく続いた、そして大きく息を吸った、ところが今度は息が吐かれることはなかった。この世の空気を大きく吸い込んだままあの世に旅立った。これが「息を引き取る」ということかと思った。それは人生でもっとも厳かな瞬間でもあった。
心臓が止まった後も聴覚は生きていると聞いた事があったので、息を引き取った後、私は父に語りかけた「***********」と、おそらく父には聞こえただろう。父はその言葉を持って旅立った。ほんの数分間の出来事で、深夜の病室には私と父しかいなかった。
これが私と父とのロング・ロンググッドバイだった。