「ひとりで生きられない」のは重要な能力
内田さんの夢見る組織は小津安二郎の映画で佐田啓二や高橋貞二、司葉子、岡田茉莉子が勤めているような会社である。
終身雇用・年功序列で社員旅行でロマンスが生まれ、上司(佐分利信)の奥さん(田中絹代)が「うちにくる若い人の中では後藤さんがいちばんいいわね」とマッチングしてくれて、結婚祝いには同期みんなでハイキングに行くような会社。
それを日本のスタンダードにせよとは言わない、ただ好きというだけだと書いている。
佐分利信、北竜二、中村伸郎の「わるいおじさん」三人組は若い女の子とみると「おい、ノリちゃん、いくつになったんだ。もうお嫁に行かなくちゃいかんよ。お母さんも心配だ」というようなセクハラ的なお節介のかぎりを尽くしていた。まことによけいなお世話である。
しかし世の中にそれほど「出会いの機会」があるわけではない。
ちなみに「佐分利信」を「さわけ・としのぶ」、「小津安二郎」を「こつ・あんじろう」と読む人も出てくるだろうとも書いている。
ほとんどの人は逆に考えているかもしれないが、「その人がいなければ生きてゆけない人間」の多さが「成熟」の指標なのだ。「あなたがいなければ生きてゆけない」という言葉は「私」の無能や欠乏についての言明ではない。これは私たちが発することのできるもっとも純度の高い愛の言葉である。
自分の懐で安らいでいる赤ちゃんのまなざしのうちに「あなたがいなければ私は生きてゆけない」というメッセージを読む母親は「私もまたあなたなしでは生きてゆくことができない」と応じると書いている。
「ひとりでは生きられない」は人間にとっていちばん自然で幸せなことかもしれない。それを描いた小津の映画に惹きつけられる。